ゆきのおと

君の暇つぶしにでもなればいいな

ぴょんたくんのおつかい の夜

 

おい。今夜の食事、あれは何だ?

 

本のページをめくりながら静かに問う。

声は冷えきっていて、

それはまるで独り言のようでもある。

 

何って…たまご焼きよ。

食べたんだから分かるでしょ。

 

彼に背を向けたままのソファで

スマホから目をそらさず

彼女はそう答えた。

 

そういうことを聞いてるんじゃない。

あんな食事、あいつの栄養が偏るだろ。

 

彼は「はぁ」とひとつ溜め息をつき

呆れたように本を静かに閉じる。

その溜め息に彼女は感情が一瞬乱れたが、

すぐに冷静さを取り戻す。

 

あの子が卵を割ってしまったからね。

悲しそうな顔が見てられなかったのよ。

 

お前はあいつを甘やかし過ぎだ。

 

フリックする指が止まる。

が、視線はまだスマホに落としたまま。

 

卵は割れるものだ。

そしてこの世の全てはいつか壊れる。

お前はそういう当たり前のことを

きちんとあいつに教えるべきだ。

 

彼は部屋から去ろうと立ち上がる。

その背中に突き立てるように

 

ふん、相変わらず最低ね。

 

と彼女は彼に吐き捨てた。

そして

 

どうかしてるわ。

 

と付け加えるように呟く。

彼はドアの前で立ち止まり

 

お前、今日も昼間から飲んでただろ。

 

と振り返らないまま質問を変えた。

広々としたリビングの静けさが

更に一層深く、冷たくなっていく。

彼女の視線はスマホのままだが

既にもう何も見てはいない。

 

あいつ、膝を怪我していたぞ。

お前が酔ってどうなろうと

俺の知ったことじゃないがな、

もしあいつの身に何かあったら

俺はお前を許さないからな。

 

静かにドアを閉めて彼が出ていく。

握りしめたままのスマホ

バックライトがふっと消灯する。

黒くなった画面に映し出された自分の顔を

彼女はうつろな瞳のまま、ただ眺め続けた。