ゆきのおと

君の暇つぶしにでもなればいいな

おばあさんと桃

 

山へ芝刈り行ったと見せかけて

ゲームばかりしているおじいさんに

気がついていないフリをして、

おばあさんは今日も川へ洗濯にきました。

 

おじいさんが昨日もガチャで爆死したこと、

おばあさんはちゃんと知っています。

呟き広場のおじいさんのアカウントを

覗き見しているからです。

しかしそれを指摘すると

おじいさんは決まって

鍬を振り上げて追いかけてきますので、

おばあさんはただただその呟きを

溜め息混じりに眺めることしかできません。

 

大爆死なうw じゃないわよ…

 

おじいさんの肌着を雑に洗っていると

川の上の方から大きな桃が

どんぶらこどんぶらこと流れてきました。

おばあさんは即座に手を伸ばしかけ、

しかしぴたりと止めました。

 

あの桃の中に赤ん坊が入ってる気がする…

そしてその子に桃太郎という

安直な名前を付けて育てる予感がする…

 

何故そう思ったのかは分かりません。

きっとそれは女の勘なのでしょう。

もしくは日本人のDNAにインプリントされた

何かだったのかもしれません。

しかし明確に直感的に、そう思いました。

 

しかしあれが本当に

ただの大きな桃だったとしたら…

その考えも拭いきれません。

当分食いぶちには困らないでしょう。

今月の年金はおじいさんが

全部ガチャに突っ込んでしまいました。

 

喉から手が出るほどあの桃が欲しい…

迷ったおばあさんは

あれがただの桃だった場合を

少しイメージをしてみました。

 

イメージ①

うわーおばあさん!この桃どうしたの!?

これで食費が浮いたね!

ねぇ!ガチャ回してもいい?

 

イメージ②

うわーおばあさん!この桃どうしたの!?

これって神様が、ピーチオファーいけ!

って言ってるんじゃんいやっふううう!

 

イメージ③ を考えようとしたところで

おばあさんの目からは

涙がぽろぽろとこぼれてきました。

 

だめだ…あの桃は諦めよう…

 

おばあさんは後ろ髪をひかれる思いで

その桃をスルーすることにしました。

しかし桃がちょうど目の前を過ぎる瞬間、

桃の真ん中辺りに穴が空いていて

そこから覗く瞳と目が合ってしまいました。

赤ん坊ではありませんか。

やはり中には赤ん坊がいたのです。

 

気が付いた時には、おばあさんは

頭から川に飛び込んでいました。

 

あの子は私が育てる!

何があっても私が守ってみせる!

 

深さ30cm程度の浅い川ではありましたが

けっこうな激流だったので

追い付くまでに40mほど要しました。

クロールで追ったせいかもしれません。

そしてがっちりと桃を抱き締めました。

 

ごめんね、桃太郎…

ほんとうにほんとうにごめんね…

もう、手放したりしないからね…

 

帰り道、桃があまりにも重いので

引きずったり転がしたりしながら

おばあさんは今後について考えました。

うちには子供を養うお金なんてありません。

しかしおばあさんの心は

もう既に母性で満ち満ちています。

 

一緒にあの家を出よう、桃太郎。

私は女を売ってでも

きっとあなたを育ててみせる。

こんな老いぼれに需要がなかったら

その時には罪を犯すことだって厭わない。

あなたを守るためなら、

私は鬼にだってなってみせるー

 

それから十数年後、

おばあさんと桃太郎は

対峙することになってしまうのですが

それはまた、別のお話で。